決闘という慣習 2
《初等教育は、おそらく騎士道的ではありますが、その実きわめて役立たずな無頓着さを引き起こす・・・。
名家に育った若者なら、「侮辱の贈罪」を命ずる宗教的教育と同時に、それとは異なりかつ矛盾する教えを受け入れる。
つまり、こうした若者には侮辱を耐え忍んだりしないことを教え、尊敬されるようになることを命ずるのである。
家長自身もまた、自分が引き継いできた家名の名誉を、いささかでも傷つけるような疑いを放っておいてはならないと命じる。
いずれフェンシングの教師になれば芸事の達人に加えられ、(銃の)射的は娯楽にではなく、鍛練と同一視される。
そのため、世間に投げ出された青年は、熱気にはやって辛抱もどこへやら、最初の決闘を待ち望む。
そして、人生全体が、屋根から外れ落ちて、通行人の頭を砕く瓦と同様に、決闘もまた避けることができないという確信の支配下で営まれるのである》。
・・・次回では、アランベール(ダランベール)が紹介する数多くの決闘例の中から、名誉に関わる事柄ゆえに謝罪がきかなかった一つの事例を取り上げてみましょう。